「Heaven's Rain 天国の雨 Limited Edition」著:朝丘 戻/ill:yoco

あらすじ

書誌情報
「Heaven's Rain 天国の雨 Limited Edition」
著:朝丘 戻/ill:yoco [価格:本体1,800円+税]
ISBNコード:978-4-86134-786-3/判型・仕様:四六判ソフトカバー

人物紹介

試し読み

 藤岡暁天——瑛仁さんの弟さんの名前だ。
「こんばんは」
「どうも、いらっしゃいませ」
「今日はー……麻婆弁当にしようかな」
「かしこまりました。……いつも、ありがとうございます」
 暁天さんの注文を厨房にお願いする。正面にむきなおると、彼はほかのお客にまざってベンチに腰かけ、雑誌をぱらぱらめくっていた。
 夜、瑛仁さんと入れ違いに弁当を買いにきてくれる日が、もう一週間続いている。
 ——この先の弁当屋でバイトしてるんです。瑛仁さんはお客さんで、よくしていただいています。
 先日夜道で鉢あわせたとき、ごくごく冷静になんの不自然さもなく自己紹介したつもりだったが、なにか察知されているとしか思えなかった。
 瑛仁さんの奥さんに相談を受けて、結託して興信所にでも依頼した結果、俺を探りあてていたとかだったらどうしようかと悩んでいたが、瑛仁さんは『あいつのことは無視していい』と言う。
 ——昔から変わった弟なんだよ。
 瑛仁さんは暁天さんに対してとても横柄だ。『かまわなくていい』とか『面倒なことがあったら俺に連絡してきていいから』などと冷然と言い放つから、あまり感情的になる姿を見たことがなかった俺は驚くのと同時に、どう〝変わった〟弟なのか知り得ないせいで余計に当惑する。
 瑛仁さんの言葉に従ってさし障りなくあしらうべきなんだろうか。しかし暁天さんが俺と瑛仁さんの関係を把握して接触してきているとしたら立場上逃げ続けるわけにもいかない。
「凜、スタ丼とスペのりできたよー」
「あ、はい」
 数人のお会計を終えて、次が暁天さんの番になった。
 いつの間にか雑誌に集中している横顔は瑛仁さんと全然似ていない。切れ長で一重の気難しげな目をした瑛仁さんは、言葉を発すると気さくさに胸を衝かれ、笑顔を浮かべると意外と柔和な人なんだと発見する。暁天さんは真逆だ。言葉づかいは温厚だが顎髭の作用か瑛仁さんより年上に見えるし、黙ると急に目もとが冴えて、身体の数センチ外側を冷気で守っているような厳しい風貌になる。現実感はあるのにどこか自由で掴みどころがなく、どの国の言葉で話しても通じなさげな隔たりを感じた。孤独、という言葉が浮かぶ。もっともそれは、生いたちや仕事などのおよそ人間味のあるプロフィールが一切謎なうえに、俺がひどく警戒しているのも原因だろうが。
「麻婆お待ちどおさまー」
 背後から声をかけられて、「はい」と受けとる。
 袋につめて箸をそえ「暁天さん」と呼ぶと、彼もはたと顔をあげて雑誌をおきカウンターへきた。
「四百円になります」
 暁天さんは店員に対して非常に丁寧で、財布から四枚の百円玉をだしたら、
「お願いします」
 とさしだしてくる。それで恐縮して「お預かりします」と受けとり、レシートとお弁当を渡す。
「麻婆弁当です。ありがとうございました」
「どうもありがとう」
 ありがとう、に対して、ありがとう、と返してくれる。毎日こうだった。
 この人は店員と客に上下をつくらない。レシートを財布にしまう彼を見ていて、こちらから話しかけてみようか、と逡巡していたら、ふいに視線をうわむけて俺の目を率直に見返してきた。
「〝スペのり〟ってスペシャルのり弁当のことだよね」
「え……あ、はい」
「おもしろい略だなと思った。どうスペシャルなの」
 雑誌に没頭していると思っていたのに店長の声を聞いていたらしい。
「サラダと唐揚げと厚焼き卵と、あと日替わりのお総菜が一品つくんです。ゴボウのおひたしとか」
「そうか。本当にスペシャルだね。明日はそれにしようかな」
 腹まで響く穏やかな低声は淡白だった。うすく微笑んではいるが表情に物憂いしずけさをたたえている。瑛仁さんが俺を見るときの距離感を思わせる遠い目とは違い、何十年、何百年もの年月の途方のなさを感じさせる目。この人のこの独特な虚無感はなんなんだろう。
「あの……どうして連日きてくださるようになったのか、おうかがいしてもよろしいですか」
 ちょうどほかのお客もひけていたから言葉がすんなりでた。
 暁天さんは沈黙してしまう。黙考しているようすもなくただ俺を眺めているので、訝しんで首を傾げたらようやく口をひらいた。
「……いいよ。じゃあちゃんと時間と場所を確保しようか。仕事が終わるのは何時ごろ」
 ふたりきりで面とむかって話しあおうという意味か。
「九時です。あと二十分ちょっとであがります」
 緊張して返しても彼は変わらない。ゆったりと深くうなずく。
「わかった。そのころもう一度むかえにくるよ」

 九時、退勤して外にでると暁天さんが店の前の外灯横に立っていた。
「この先の公園にいこう」
「はい」
 促されて、すこしうしろをついていく。もはや瑛仁さんとの件はばれていると思っておいたほうがいいだろう。瑛仁さんの身内が介入してきたことで罪悪感がより現実味を帯び、暗鬱とした。
 それにしても、と、前方で公園へ入っていく暁天さんのひろい背中を眺めて考える。この人の行動の根元は兄弟愛なのだろうか。一週間煩悶し続けたものの判然としない。瑛仁さんの言動と照らしあわせるに、兄のためというよりは家族か、兄の妻のためのような気がした。そしてどちらにせよ俺は部外者で、瑛仁さんについてなにも知らない。両親や奥さんとの関係も、弟がいたことすらも。
「この公園は思ったよりひろいよね」
「……はい」
 県が運営している公園はこぢんまりした入口の印象に反して規模がでかい。遊具広場やしょうぶ園や草原や野外ステージもあって、季節ごとにイベントも行われていた。すこし前には蛍が見ごろで裏の駐車場が夜十時まで開放されており、連日にぎやかでうちの店も繁盛したのだった。
「弁当屋に通うようになってからたまに散歩してみてた」
「そうなんですか」
 木々に覆われた鬱蒼とした湿地に入ってしまい、暁天さんの表情は把握しづらかった。蛍の時期もとうにすぎているので人気もなく蛙や虫の鳴き声が聞こえるのみ。でも池の水気を吸った草木と土の澄んだ香りは鼻腔から体内にまっすぐ浸透して心を浄化し、緊張がゆるみそうなる。
「麻婆弁当もここの公園のベンチで食べたよ」
「え、ここのですか」
「二十分じゃ家との往復は無理だしね。美味しかったし景色もよかったけど虫に刺されて辛かった」
 ……笑わせようとしてくれているんだろうか。にしては、口調が淡々としている。
「虫刺されの液体薬持ってますよ。貸しましょうか」
「嬉しいけどつかったら返せないな」
「いや、つかうぶんだけさしあげます」
「ならお願いします。ありがとう」
 聞いていたとおりちょっと変わった人みたいだ。
 遊具広場へきて視界がひらけたところで鞄に入れていた薬をだしたら、携帯電話のLEDライトを点けた暁天さんに「こことここ、つけてもらえる」と左腕をつきだされてますます困惑した。
 一応「はい」とうなずいて赤く腫れた二箇所へ薬を塗るが、これもなにかの試験じゃないかと再び気後れした。
 ちらりと見返すと、暗がりのなかで俺を見つめている。
「満月にはあと一日足りないね」
 目線をあわせたまま言われて、一瞬自分の顔が満月になったかのような錯覚が生じた。戸惑いつつ仰いだ空には、白く発光する月がある。
「あの月、欠けてますか?」
「端がちょっと欠けてる。よく見てごらん、まんまるじゃないから」
「……。まんまるに見えます」
 喉の奥で小さく笑われた。虫の音と葉のさざめきに調和するひそやかな笑い声だった。
 優しく接せられると危機感が増幅していく。腹が読めなすぎて、目の前の男が得体の知れない生き物に見えてきた。
 もしかしたらとんでもなく残忍な皮をかぶったたぬきなんじゃなかろうか。
「怖がらなくていいよ」
 見透かすような言葉をかけられた。
「きみを咎めるためにつきまとってるわけじゃない」
 俺は黙って、視線をはずさずに薬をしまう。
「きみと話すときのことを何度も想像して身がまえていたけど、もっとも厄介な出会い方だったからどう切りだそうか悩んでた」
「瑛仁さんのことでしょうか」
「兄と俺はべつの人間として考えてくれないかな。……まあ難しいだろうけど」
 べつの人間……? 暁天さんの落ちつき払った乾いた目に見つめられていると、こめかみが痺れた。「……そうだね、先に言っておかないとね」と彼は無感情に言う。
「俺は兄からきみのことをなにも聞いてない。けどどんな関係かはだいたいわかってるよ」
「最初に会った日、すでに俺の名前をご存知でしたよね」
「名前は知ってた」
「どうしてですか」
「兄が呼んでたでしょう。『ごめんね凜』って」
 歯を噛み締めて動揺を抑えこむ。
「きみが兄にどんな仕打ちを受けてるのかもなんとなく察してる」
「〝仕打ち〟なんて言わないでください。俺の罪でもあります」
「そうか。〝罪〟なことまでしてるのか」
 肉体関係を含んだ言葉なのに暁天さんの声色に下卑た響きはなかった。むしろ哀しげな。
「……すみません」
「その謝罪は〝兄の家族〟に対して。それとも〝兄の奥さん〟に対してなのかな」
「どちらもです」
「なら俺に言う必要はない」
 今度はひどく硬質な、感情的な断言だった。……必要ないって、どういう意味だ。
「きみのことを教えてもらえる」
「俺のこと、ですか」

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書店員様の声

今回、前半200ページ弱を先行して書店員様に読んでいただきました。
そこで、感想の一部をご紹介致します!!

感想をお送りいただきました書店員の皆様、ありがとうございました。

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朝丘戻先生スペシャルインタビュー

新作「Heaven’s Rain 天国の雨」は朝丘先生の初の四六判小説であり、448Pという大ボリュームの1冊になりました!
そんな特別な1冊の発売を記念して、作品のこと、朝丘先生のことをたくさん伺いました!

●作品について

———本作のテーマ、内容を簡単にお教えください。

自分が小説をとおして訴え続けている、自身の幸福観がテーマの柱です。

それを再び新たに鮮やかに掘りさげるために、
今回は現代ファンタジーという世界で、羽根のないおじさん天使と、病弱な少年の出会いを描きました。

———この作品を描こうと思ったきっかけはなんですか?

降りてきた、としか言いようがないです。五年前のことです。
きっかけは作品によって違いますが、今作は最初におじさん天使である暁天と、彼と恋するリンの姿が見えてきたので、そこから物語をかためていきました。

———執筆期間はどのくらいでしたか?

約半年と一ヶ月です。

———凜、暁天の名前の由来などはありますか?

由来はありません。 名前はいつも、ぱっと浮かんだものを故意に与えています。
逆に、ぱっとでないときは「この人はいま生まれる運命じゃないんだな」と思っていったん放置したりするんです。

ただし名前にあてた漢字には、全員理由があります。
作品を読んでくださったかたに、彼らの人格などから感じとっていただけたらとても嬉しく思います。

———凜、暁天のイメージモデルがいましたら教えてください。

絵をお願いする際にyoco先生に伝えた髪型、髭、なんかのモデルはいます。
齟齬がないようにしたかったからで、それ以上でも以下でもありません。
が、内緒にさせてください……わたしは思い出すたんびに笑ってしまいます。
yoco先生はどう感じられたんだろう。
ファンというわけでは、なかったんです、格好いいとは思ってるけど……。

———最初に生まれた人物は?

上記でさきにご紹介させていただいてしまいましたが、暁天とリンのふたりです。

———先生が一番描きたかったシーンはどこですか?

すべてです。

———書いていて楽しかった、また辛かったシーンなどはありますか?

すべて楽しくて、すべて胸が苦しかったです。

———初めての四六判・小冊子付き限定版ということで、一番ここをこだわった! という点があったら教えてください。

すべてにおいて細部まで手を抜かないこと、をいつも以上に心がけました。

作品は、出版社、担当、挿絵担当の絵描きさん、読者様への贈りものだと思っています。
内部にはどんなに迷惑をかけてもかまわない、素晴らしい一冊にしてそれで責任をとるから、とにかく読者様に胸を張って贈れるものをつくる、と考えてつねにむきあっています。
今回も自分の作家力のなさと、そのうえでの四六判を出版するという責任の重さを自覚していたぶん、物語、絵、キャッチ、装丁、帯、販売方法、なにもかもすべて真剣にとりくみ、ご尽力くださる方々とともに丹精こめてつくってきました。
一番、なんてありません。
すべてにおいて全員の心と努力がつみ重なって生まれた、こだわりの一冊です。

●朝丘先生について

———朝丘先生が小説家になろうと思ったきっかけはありますか?

ある作家の作品に出会ったのがきっかけです。

昔「やおい」を激しく嫌悪していたころ、親友が「わたしハマったかも……」と告白してくれて、「これはいけない。親友の気持ちを理解しなければ」と手にとった本がその小説でした。
それまでわたしも絵を描いていましたが、その小説に出会ったとき「自分の書いている絵に意志があるのか?」と思い至って絶望しました。
空っぽだったんです。本当は限界も感じていました。絵には劣等感も向上心も芽生えなかったから。

それでその想いを若気の至りで作家さんへ手紙にしたためて送ったら、わたしの「意志を持って、他人に伝えるためのものを書きたいと思った」という言葉に、「あなたがデビューしてくるのを待っていますよ」というお返事を頂戴してしまいました。
「えっ、デビューなんてだいそれたことは考えてなかったのに……」と動揺しましたが、次の瞬間にはワープロを抱えて部屋へ駆けこんでいました。

その後デビューしたあとは作家さんに直接ご報告にもいきました。
いまでもわたしにとってその方以上の作家はいませんし、支えであり原点です。
一生超えられない、超えるつもりもない師。
自分の人生に対して運命なんて大仰なものをあげるとしたら、これが唯一の、その奇跡です。

———執筆中にしていること、たとえば聴いている音楽など、欠かさないことなどございますか?

ある物を身につけて、それをつけているあいだは作品の彼らに恥じる行為は絶対にしない、と誓っています。
飲酒とか、エッチな本を読むとか、そういう欲望の一切を禁止するんです。

音楽は作品イメージにあわせた一曲を延々とリピートし続けます。
だいたいしっとりした曲なので、たまに頭が破裂しそうになります。

だから執筆が落ちついたらエッチな本を読んでがちゃがちゃした曲を存分に聴きます。けど、またすぐ我慢できずに書き始める、というループです。
余談ですが、雑誌ダリアさんで連載が始まる西野先生原作の漫画がすげえ楽しみなので、エロ解放期間にまとめ読みしよう、と計画しています。

———執筆中に筆が止まってしまった時は何をしてリフレッシュしていますか?

とまるというか、次に彼らがどういう行動をするのか、なにを言うのか、見えなくなるときがあります。
そうすると散歩します。 公園を抜けてコンビニへいって、木々や鳥や子どもを眺めていると脳内の視野もひろがっていき、作品の人物たちが自然と動きだします。

———先生の一番の癒しとは何ですか?

小説を書くことです。

———先生の宝物を教えてください。

挿絵をお願いした絵描きさんの絵たち。
読者様から頂戴した手紙やプレゼントたち。
小説を書き始めてデビューもしていなかったころ、初めて手紙をくださったかたからもらった木彫りの天使。

担当や友だちや読者様がくれた言葉も、と言おうと思いましたが、宝物というよりは、わたしを学ばせて導いてくれる光でした。

———先生の作品には、魅力的な女性がよく登場されますが、女性を描くときのこだわりや先生ならではの決めごと等ありましたらお教えください。

「同性愛の辛さ」を描くことも信念としているのですが、それは男女それぞれがいてこそ成りたつものだと思っています。
なので、ボーイズラブの場合は女性も率先して真摯に描いていきたいと考えています。
個々の性格や外見にこだわりはあれど、むしろ純粋に好きな想いでしか描いていません。 女の子も大好きです。

そういった信念があることから、挿絵をお願いする絵描きさんに対しても「女性も楽しく描いている人」というのをひそかに条件にさせていただいています。
ツイッタなど拝見して「女の子のおっぱーい」とかおっしゃっていると、よしお願いしよう、と意気ごむんです。

———今までの作品の中で担当編集との打ち合わせで一番印象に残った出来事はありますか?

どんなことも日々の端々でよく思い返します。

大事にしているのは、一作目の『君に降る白』のあと「編集者になる前から朝丘さんのこと知ってたよ」と聞かせていただいたのを機に、おたがいいろいろ披瀝した日のことです。
どうやってわたしの担当になったのか教えてくれましたし、わたしもなにに悩み、なにを目指しているのか、すべて話しました。
それはいまもおなじで、パートナーとして自分の葛藤は包み隠さず話すようにしていますし、「朝丘さんなんなのもう…」とあしらってくれる人柄に救われてもいます。
ドライかと思いきや、『あめの帰るところ』の修正をしていたとき、わたしが『携帯電話で一番星の写真を撮ったよ』と書いた部分に対し、「月にしましょう。だってわたしも携帯電話で星を撮ったことありますけど、撮れなかったから!」と指摘してくれた、乙女な人だったりもします。
ツイッタでも裏話をしましたが、Skypeで話ながらわたしが真剣に文章修正しているってのに、チャットで「\(^o^)/」とか送って邪魔してきて「暇なんだもん」とか可愛いことも言います。
担当になって一番最初に「わたし褒めませんから」と宣言してくれたところも好きです。手放しで持ちあげる人やお世辞言う人が担当だと、読者様に喜んでいただける本がつくれないので。
おたがい真剣すぎるので、本をつくっていると毎回必ず一度は険悪なムードになるんですけど、和解する都度、それまで以上に絆が深まっているのも感じます。

出会ってから七年のつきあいになります。 信頼している担当にも恩返しになる作品を贈り続けていきたいです。

———今回、タイトルにも「雨」という言葉が入っており、また朝丘先生自身も「雨」がお好きとのことですが、先生が「雨」をお好きな理由はなんでしょうか?

小説を書き始めたころから不思議とつきまとわれるようになりました。
昔はそんなことなかったのですが、いまは執筆に熱中していたり、重要な場面を書いていたりすると外に雨が降っています。
それに、曇り空のときに外出すると必ず降ります。
連れがいて降ってくると「やっぱりね」「わかってたけどね」とため息をつかれます。
会社員だったころ先輩に「あんたと一緒に帰ると降るからひとりで帰って」と拒絶されたのがいまでも忘れられないです。結局降ってげんなりさせました。
でも晴れすぎていると蒸発して倒れてしまうので、雨のしずけさとすずしさがやっぱり心地いいです。

———先生が作品を書くなかで、一番嬉しい瞬間とはどんなときですか?

登場人物たちが幸せなのも苦しいのも、恋する相手に出会えた証拠なのでそれぞれ全部嬉しいです。

ふたりの心が通じあう瞬間は心も震えて、初めてのキスとか、手繋ぎとか、セックスとか、触れあうときは涙がでるぐらい一緒に嬉しくなります。
セックスシーンも、その後のピロートークもお風呂も、いつまでもいつまでも書いていたくなります。
好きで好きで片想いで報われないあいだも、傷つくことのできる幸せを強く感じて満たされます。
たとえ一緒にいられなくなっても、相手の存在が刻まれたその後の人生は孤独じゃなく幸福に違いない、だからやっぱり嬉しいです。

———最後に読者の方にメッセージをお願いします。

これまで自身のことを「作家」「小説家」と言うときは、そこに到達していない自分への戒めのような気持ちがつねにありました。

書いてきた作品に後悔はありませんし、しません。そのときの精一杯だったと言い切れます。
ですが反省点は必ずあり、自分は未熟な成長途中のままで、作家、小説家と堂々と言うには力不足であると歯噛みしていたのです。
だから文章や物語づくりについて勉強しながら、どうしたら自分の伝えたいことが多くの読者様に伝えられるか、出版社にも絵描きさんにも読者様にも喜んでいただけるかと、作品を書くごとに懊悩し続けてきました。

考えすぎてがちがちになっていたその自分の心が晴れたのが『坂道のソラ』以降です。
あのころ、あ、この歩き方で間違ってなかったんだ、と思えました。
成長したくてどんなに悩んでも、その悩みの方向が間違っていたら意味がありません。でも「正解」の尻尾を掴むことができたのです。
しかしそれはわたしの力ではなく、yoco先生の魅力的な絵が読者様の心をこちらにむけてくださったのが大きなきっかけだったのだと自覚しています。
yoco先生がくれたものは、たしかな一筋の光明でした。

今回、四六判というお仕事を頂戴して『Heaven's Rain 天国の雨』のふたりが降りてきたとき、わたしのなかに再びyoco先生の絵で彼らが生き始めました。
ただでさえ責任重大なのに、『ソラ』を好いてくださった読者様にも『ソラ』と同等かそれ以上の感動をお贈りしなければならない、yoco先生の名前も汚すわけにはいかない、というプレッシャーも背負ったわけなのですが、それでいい、挑みたい、挑める、と思いました。

そうして完成した今作は確実にいままでのわたしではない、でもわたしらしさが満ちあふれた一歩です。
ようやく自分のことを作家で小説家だと、気後れなく言えるようになりました。

とはいえ一歩にすぎません。遅すぎる一歩です。
反省しつつ、今後も成長していくために努力し続けていきます。
なので、よろしければまず『Heaven's Rain 天国の雨』の彼らに会ってやってください。

死別の場面もありません、別れもありません、切なくて泣ける物語でもありません。
唯一の相手と永遠に結ばれる喜びに満たされて、熱い至福感で胸が千切れる、ごくごく単純な物語です。 これがわたしの幸福観です。

お贈りするために、魂を削って制作陣全員で細部までこだわり抜いて、大事につくりこんできました。
読者様の心にも触れることができましたら、こんなに幸せなことはありません。
どうぞよろしくお願いいたします。

yoco先生の人物ラフ公開

yoco先生による、人物ラフイラストです。

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 ご参加くださった読者の皆様、ありがとうございました

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