『神が恋する男』(著:六堂葉月 ill:高嶋上総)シリーズ完全版登場!人気作『カレは手段を選ばない』と新作書き下ろし『神が恋する男』『神の遺伝子』の他、短編二作品を収録!!2015年10月22日(木)発売予定!

あらすじ

金のためならヤラセも捏造も朝飯前の雑誌記者・望月康孝もちづき やすたかは、古くから現人神あらひとがみ信仰が続くとある島へ向かう。
取材は形だけで、リゾート開発企業の依頼で島の信仰を危険なカルト宗教にでっちあげるのが目的。
ところが、自分自身を神だと疑わず、島から一歩も出たことのない美貌の"神様"・柊杞ひいらぎになぜか気に入られてしまう。
望月も柊杞の無垢な心と身体に男の本能をくすぐられて――!?
「カレは手段を選ばない」、新作「神が恋する男」「神の遺伝子」他を収録。

人物紹介

登場人物紹介
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 そのまま三日間、望月はこの島でずるずると過ごしていた。
 島に立ち寄る漁師や、真珠の加工場で働く人たちに話を聞いたりと取材も行ってはいたのだが、柊杞への信仰は本当に厚く、面白みのないコメントしか結局得られなかった。
 一方柊杞は、時間が空くと望月を呼び出し、東京での庶民の生活の様子などを聞きたがった。食事を一緒の部屋で取ることもあった。
 今朝も一緒に朝食をすませた後、望月はそのまま本殿に残っている。
 柊杞自身にこんなにも気に入られてしまったのだから、佐吉も望月にとやかく言うのはもう諦めたようで、今日は完全に二人きりで話をしていた。
 望月の話に、高座に座る柊杞は瞳を瞬かせる。
「地下に電車が走っているというのか? 私にはもう想像もできない。それにそんなにたくさん走っているなら、東京の地下は穴だらけになってしまうぞ」
「実際穴だらけなんですけど、それは設計者がなんとか考えて上手くやってるんですよ」
 適当でどんないい加減な話でも、柊杞は真剣に聞き入っている。
 時に驚き深い感心の声を上げたり、異世界の話に興味を引かれる子供のように、その瞳はキラキラと輝き楽しそうだった。
 ひとしきり話すと、柊杞がおもむろに立ち上がった。
「望月、デジカメはあるな。錦鯉を撮りにいくぞ」
「はいはい」
 望月も立ち上がり、デジカメを持ってそれに続く。デジカメでの撮影も、今や柊杞の趣味になりつつあった。
 しかし、
(ん? どうした?)
 柊杞は部屋から出ようとせず、閉まったままの襖の前で立ち止まった。不審に思う望月に、柊杞は振り向き声をかけてくる。
「何をしている。佐吉がいないのだから、早く戸を開けないか」
(――俺が襖を開けるのを待ってたのかよ?)
 思わず脱力したくなるほど、ひどく呆れた。
 どうやら柊杞には、自分で戸を開けるという習慣すらないらしい。
 いつもなら側に控えている者によって自動ドアのように戸が開くのだが、今は当然望月が開けるものだと柊杞は思ったのだろう。
『俺様』どころか『神様』だ。感覚がもう常識の枠を越えている。
 そんな柊杞とともに庭に移り、柊杞は池で優雅に泳ぐ錦鯉を望月のデジカメで撮り始めた。
 柊杞の態度は極めて横柄だし、整った顔は感情がはっきりとは表れにくいが、それでもこうして話していると、ちゃんと伝わってくるものがある。
 時折こちらに見せる柊杞の笑顔は、荒んでいるという自覚のある望月にとって、一時の癒しになっていることには違いなかった。
 あまりにも嬉しそうで、望月はついめったに出さない親切心を出した。
「東京に帰ったら、写真をプリントしてこちらにお送りしますよ」
 当然喜ぶと思ったからこそそう言ったわけだが、柊杞はたちまち不機嫌な顔になった。
「べつにその必要はない」
「え?」
「お前は、東京に帰りたいのか?」
「…いえ、そーゆー意味じゃなくって」
「ならいい。『帰ったら』などという仮定の話はするな」
 友達のいない孤独な神様は、よほど望月にこの島から帰ってもらいたくないのだろう。
(気持ちは察するけどな…)

 ――しかし、無論そういうわけにはいかないのだ。



 そして四日目。
 さすがにこのままずっと柊杞の相手をし続けるわけにもいかず、望月は今日こそは夕方の船で帰ろうと思っていたのだが、昼過ぎからだんだんと天候が崩れてきた。
 台風とまではいかないが、どうやらかなり強い低気圧が近づいてきているらしい。
 海の交通は、天候に大きく左右される。わかっていたら、昨日のうちにさっさと島を後にしていたのだが、ここはテレビもなく新聞すら届かないのだから望月には知りようもなかった。
 外は風が強いが、まだ雨は降っていない。でもいつ大雨が降りだしてもおかしくない状態で、客間の窓はすでに雨戸も閉ざされ、それが風に揺れてゴトゴトと大きな音を立てている。
 外にも出られないとなると、ここは本当に退屈だ。強風の中を無理して外に出たところで、もともとこの島に遊べるような場所は一切ないのはわかっている。
 与えられている部屋で、手持ちのもので暇潰しするにしても、携帯はもちろん圏外。ダウンロードしてある携帯ゲームも飽きてしまえば、もうお手上げだ。咥え煙草でゴロリと、畳の上でふて寝する以外何ができよう。
 しかも、こういう暇な時に限って柊杞からの呼び出しもなかった。
 今日は食事も朝から別だったから、離れにいる望月には、柊杞が今どうしているかも窺い知ることはできない状況だ。
 望月は、ふとデジカメを手に取り、柊杞の写した画面を見始めた。
 草花や景色、錦鯉などの写真だが、アングルが曲がっていたりと、神様の人間らしさが感じられる。
 望月は別のSDカードに保存してある、自分が最初に撮った三枚の写真を見てみた。
 柊杞と初めて会った時の、滝壼での写真だ。
 濡れた湯帷子から透ける白い肌。男とわかっていても、その美しさに思わずシャッターを切ってしまったくらいだ。今、こうして改めて画面で見ても、なんとも言えない色気が漂っている。
 普段の柊杞の気高さや清楚さとのギャップには、無性に煽られた。
(いっそ、これで抜くか?)
 夜遊びができず、すっかり欲求不満に陥っている自分を、望月は自嘲的に笑う。
 ここでは本能の三大欲求である食欲と睡眠欲は完璧に満たされるが、性欲だけはまったく発散の機会がない。これまで女に不自由したこともないのに、このままでは右手の世話にならねばならないかと思うと情けない限りだ。
(ああ…東京のネオンが恋しい。帰ったら、さっさと記事を仕上げて、入った金でパーッと派手にキャバクラでも貸し切ってやるっ!)
 そこに、
「失礼します。夕食をお持ちしました」
 年老いた着物姿の女中が、膳を運んできた。
「ありがとうございます」
(女がいるってったって、さすがにこれじゃー勃ちようがないぜ)
 食事はいつも一流旅館のような豪華さだが、本当に一流旅館ならここまで深刻な女旱を体験しなくてすむはずだ。
 観光客だって従業員だって、男としてのこのフェロモンで、狙った女を落とせないわけがないと望月は自負している。
 しかし、この観之島ではそのフェロモンももはや無用の長物。
 何しろ若者は柊杞と望月のみ。柊杞が話し相手に自分を切望する気持ちもわかるというものだ。
 虚しさに包まれながら、望月は離れの客間で一人で食事をすませた。
 しばらくして、先程の年老いた女中がそれを下げにきたのだが、彼女は大きくため息をつき浮かない顔をしている。つい気になって、望月は尋ねてみた。
「どうしたんですか?」
「柊杞様が、また御体調を崩されたようなんです。食欲もあまりないようですし…心配で。今日は望月さんともお話しにならないなんて……あんなに楽しそうにしてらっしゃったのに」
 確かに昨日までは一緒に話している時は元気そうであったし、どうも腑に落ちない。
 そういえば柊杞は、来た時も体調を崩していたことを思い出す。
「いったいどこがお悪いんですか?」
「それが、私どもにはよくわからないんですよ。柊杞様が理由をお話ししてくださらないので。いつもなら滝に打たれたりしてらっしゃるのですが、今日は生憎こんな天気ですし、御寝所で横になられていらっしゃいます」
「そうですか…」
(本人に聞くのが一番早いんだろうけどな)
 現人神の、謎の病気に興味が湧く。記事のいいネタになるかもしれない。
 見舞いに行きたいと言おうとしたが、これまでの経験から、具合の悪いという柊杞にすんなり会わせてもらえるはずもないとわかっていた。
 ならばと、望月はニヤリと口端を上げた。



 幸いにも今日までの四日間、いろいろこの屋敷の敷地を歩いたので、柊杞の部屋の場所もおおよそだが掴めていた。
 外はすっかり日も暮れ、強風で揺れる木々が唸りを上げている。雨もポツポツと大粒のものが降り始めていた。望月は急いで暗い渡り廊下を通り本殿へと進む。
 柊杞の部屋は、屋敷の一番南側と思われた。
 人目を避け、足音を立てないまるで泥棒のようなこうした侵入も、これまであこぎな取材をしてきた望月には慣れたものだ。
 まぁ、多少音を立てても、雨戸を揺らす風と、叩きつけるように降り始めた雨音に掻きかき消されてしまうだろう。
 望月は屋敷の南側へと進む。廊下は、角に薄暗い電灯が灯っているだけで、慣れた者でなければ足下が覚束ないほどかなり薄暗い。望月はライターを使って周囲の様子を確認しつつ歩いていった。
 女中たちは食事の後始末で北側の台所の方にいるようだ。途中、佐吉が本殿内を見回るように廊下を向こうから歩いてきたが、物陰にさっと隠れた望月にはまったく気がつかず通り過ぎていった。
 そして到着した南側。その一角が、やはり目的の柊杞の居室のようだった。
 柊杞の部屋は一室ではなく、いくつかの和室を贅沢に使っているようだ。
 一部屋が二十畳くらいあり、ライターの明かりだけでは暗くてよく確認できなかったが、床の間は剥製や掛け軸などで豪華に飾られていた。
 なん部屋分かの畳の上を通り過ぎ、やがて襖の間から明かりが漏れている部屋を見つける。
 どうやらここが柊杞の寝所のようだ。襖をそっと少しだけ開け、透き間から中の様子を窺った。
 やはり、そこに柊杞はいる。布団に横になってはいるが、寝苦しいのか何度も寝返りを打ち、ため息をついている。眠ってはいないようだ。

書籍情報

神が恋する男

「神がする男」

著者:六堂葉月
イラスト:高嶋上総
発売日:2015年10月22日(木)発売予定
ISBNコード:978-4-86134-824-2
価格:1300円+税
判型・仕様:四六判
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望月康孝1 望月康孝2
観之島柊紀 上浜拓也 上浜佐吉
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