短編

「――疲れたから今夜はもう寝たい」

「え」

「話があるならまた今度にして、もう帰って」

「ぁ、あの……ここに、いさせてください、恩返しするために」

 でていく気はない、という顔をしている。

「愛してたんだ」

 上半身を屈めて彼の目の位置へ顔を寄せ、言い放った。

「〝愛猫〟って言うだろう。俺はハナを愛してた。もちろんいまも愛してる」

「うん」

 眩しいほど大きな瞳がまばたきもせずに、俺の言葉を受けとめている。

「ひとの愛情を前にして、それでも嘘をつくのかどうか真面目に考えて行動してほしい」

「はい」

 間髪入れずに返答してくる強靱な心を相手に、閉口した。

 身を翻して自室へいき、クローゼットの奥から毛布を二枚とってリビングへ戻るとソファに置く。

「ぇ、かずと、ここにいていいの?」

 ハナがもし言葉をしゃべれたなら、こんな甘い声音で俺の名前を呼んだのだろうか。

 困惑している少年を放って鞄を持ち、再び自室へいって着替えを始めた。

 ハナを利用して嘘をついているとしたら許せはしない。だがじいちゃんとばあちゃんのことも含め、彼はこちらの事情をいくらか知っているようだ。
 明日ばあちゃんにも相談してからもう一度考えよう。

 ――幸せだったって言うのか。俺といて。

 ――幸せだった。

 ネクタイをはずしながらハナのビー玉のような瞳を想った。

 ハナ。じいちゃん、ばあちゃん。


 恩を返さなければいけないのは俺のほうだ――。
















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