この愛のとりこ


この愛のとりこ
「三虎、本気なのか!?」
 広域指定暴力団古峰会の組長であり、幼馴染み兼恋人の古峰三虎の屋敷に飛び込むやいなや、諏訪冬紀は問いただした。胸には、きらりと弁護士バッジが光っている。どうやら、仕事帰りのようだ。
「どうしたんだよ、冬紀」
 夕飯も終わり、自室でくつろいでいた三虎は、突然の冬紀の登場に目を丸くする。
「どうしたも、こうしたも」
 冬紀は三虎の和服の胸元を鷲掴みにする。
「中庭の築山、壊すって!?」
「…誰に訊いた?」
 三虎は不満そうに男らしい眉を顰めた。
(ったく、せっかく内緒にしてたのに…)
「なんで壊すんだよ」
 冬紀は、三虎の話なんて聞いていない。
 とにかく、自分の疑問の回答を得ようと、三虎の胸倉を掴んだまま、がくがく揺さぶる。
「亡くなったおまえのおじさんが、あんなに大切にしていたのに」
 なんでこんなにムキになっているんだかと、三虎は溜め息をついて、
「いやまぁ、そりゃそうだけど…。冬紀、苦しいって。放せよ」
「ああ、すまない」
 冬紀は、三虎の喉を締め上げていたことに、今気づいたような顔をする。そして、あぐらをかいていた三虎の前に、すとんと腰を下ろした。
 冬紀はクールな美貌の持ち主で、色気全開というよりは、ストイックな襟もとがそそるタイプだ。怒ると感情的になりやすいが、そうでないときは年相応に落ち着いている。したたかな弁護士でもある。
 けれども、今みたいな仕草はとても子供っぽくて、可愛らしく見えた。
(ま、惚れた相手は何をしてても可愛いんだけどな…)
「あの築山、手間暇かけて維持してきたんだろう?」
 子供みたいに座り込んで、少し首をかしげた冬紀の表情は、無防備だ。
 つい、三虎の顔はにやけてしまう。
 冬紀のこんな顔を、彼と仕事で接している人間が見たら、驚くだろう。
 冬紀は古峰会の顧問弁護士であり、警察や検察とは常にいがみあい、時には談合し、折り合いをつけて仕事をしている。もともと企業弁護士だった彼が、ヤクザの顧問弁護士になったのは、ひとえに三虎の押しの強さが、冬紀の強情っぷりに勝ったからだ。
 そして、恋人同士になれたのも。
(昔から、俺を少しは意識していたんだとは思うけどなぁ…)
 子供の頃の冬紀を思い浮かべ、三虎は心の中で呟く。
 冬紀は絶対に認めないだろうけれど。
 めでたく恋人同士になったものの、馴れ初めに関しては、いまだに冬紀には根にもたれている。
 冬紀の身になってみれば当たり前のことだが、
「いつまでも昔のことを引っ張るなんて、男らしくないぞ」と三虎が言えば、
「拉致監禁されたのに恋人になってやった俺の寛大さをあがめたてまつれ」と冬紀に威張られてしまうのだった。
 まったく、口が減らない。しかし、この気の強さが冬紀だ。
 三虎がだれよりも愛し、ずっと見つめてきた…。
 その冬紀が、今は三虎の恋人なのだ。こんなにも幸福なことはない。
「しかし、久しぶりに顔を合わせたのに、開口一番それなのか。それよりも、そろそろ身体が夜泣きしてどうしようもなくなってたんじゃないのか? ん?」
 三虎は、にやりと笑う。
 冬紀のこの性格では無理だとわかってはいたが、少しは甘い雰囲気もほしい。
 三虎は冬紀の腰を抱き寄せ、唇をかすめ取ろうとした。
「俺は、話をしに来たんだ」
 冬紀は三虎の顔を手で押し返す。
「痛ってぇな!」
「TPOをわきまえずに、サカるおまえが悪い!」
 細い眉を吊り上げ、冬紀は言う。
「…それで、どうして築山壊すんだよ」
「理由は聞かなかったのか?」
 三虎は、しぶしぶ冬紀の身体を放す。
(絶対に、あとでひぃひぃ泣かせてやるからな!)
 心の中では、不穏な欲望を滾らせつつ。
 三虎の野望を知ってか知らずか、冬紀は、ふぅっと色っぽい溜め息をつく。
「要平は、三虎に訊けって言って、にやにやしていた」
「要平…。なんだ、またあいつが余計なことを…」
 古峰会系列の組の組長である神野要平は、昔から掴みどころがなく、飄々とした性格だった。
 敵か味方か、よくわからない男だ。
 彼はずっと、三虎の冬紀への気持ちを知っていたふしがある。そして、ひやかしながらも、否定はせず、おおらかに受け止めてくれていた――と、好意的に解釈することもできるのだが、どうも面白がっていただけという可能性もある。
「でも、どうして築山ひとつでそんなにムキになってんだよ?」
「どうして……って…」
 冬紀はふと押し黙る。
 気のせいか。白い頬がうっすらと赤い。
(あれ?)
 なんでまた、下半身直撃するような、かわいい表情をするのか…。
「なんだよ、冬紀。今日は、めちゃくちゃかわいいぞ。ちゅーしてやろうか。ちゅー」
 三虎は思わず冬紀ににじり寄ってしまった。
「ふざけんな!」
 冬紀の右手が、三虎の頬めがけて飛んでくる。
「うわっ、おまえな! いきなり何するんだよ!!」
 三虎は冬紀の細い手首を掴む。
「この、デリカシ―なしめ!」
 冬紀は、腕をぶんぶん振り回して。三虎の手を振り払った。
「ったく、何をそんなに怒ってるんだか。やっぱ、欲求不満か?」
「そっちから離れろよ、まったくぅ」
 振り上げた手を止められて、頭が冷えたのか、冬紀は大きく溜め息をついた。
 そして、彼はうつむき加減になると、
「あの築山、気に入ってたのに…」
 小さく呟いた。
「へ?」
 三虎は、目を大きく見開く。
 まさか冬紀の口から、そんな言葉が出てくるとは思っていなかったのだ。
「冬紀、それはどういうことだよ」
「一緒に遊んだじゃないか」
 冬紀は乱れたスーツをきちんと直しながら、濡れ縁に出る。そして、開け放された障子にもたれかかるように、築山を眺めた。
「春や夏の青々とした苔、秋の赤い紅葉、冬の真っ白な雪…。どの季節もとてもきれいだったよな。踏み荒らしてたけど」
 冬紀の表情は、ほのぼのしている。
 心から、懐かしそうに。
「そういや。そうだったなあ…」
 三虎も、冬紀が今眺めているものを一緒に見ようと、隣に並ぶ。
(そういえば冬紀は、俺に監禁されている間も、こうして庭をよく眺めていたっけ…)
 外を渇望しているのかと思っていたけれども、もしかしたらあれは、一緒に遊んだ子供の頃の想い出を、反芻していたのだろうか。
 普段は、情緒的なものに理解を示さない素振りをしているくせに、冬紀には、繊細な一面もあるのかもしれない。
「…築山、なくしたくないか?」
「おまえの家のものだから、俺がどうこう言う筋合いはないんだけどな。ま、おまえにとっては、どうでもいいものなんだと思ったら、少々腹が立ったことは認める」
 冬紀は、軽く肩をすくめる。
「なんだよ、冬紀」
 三虎はにやりと笑うと、冬紀の肩を抱き寄せた。
「おまえ、俺との想い出がそんなに大切か。ん?」
 ちゅっと、頬に音を立ててキスしてやると、冬紀の顔は、またうっすらと赤くなる。
「だ、誰もそんなことは言ってない」
「照れるなって。さびしいなら、今から大人の遊びを二人で…」
「いい加減にしろ!」
「うぐっ」
 脇腹に思いっきり肘鉄を喰らって、三虎は思わず呻いてしまった。
「冬紀、おまえなぁ…」
「…すっきりしたから、俺は帰る」
「こら、待て」
 三虎は冬紀の肩をぐっと掴むと、そのまま胸の中に抱き寄せた。
「三虎…!」
「せっかく来たのに、このまま帰るなんて言うなよ。つれないな」
 細い腰をしっかりと腕で抱え、三虎は冬紀の気の強そうな瞳を覗き込み、にやっと笑った。
「この…っ」
 冬紀が抗おうとするが、三虎はそれを許さない。
 しなやかな身体を押さえ込み、そして深く激しいキスを――。
 
 
「…っ、く……は…」
 下から突き上げると、冬紀はそのたびに大きく身震いをした。
 冬紀が中で感じるイイ場所を、三虎は知り尽くしていた。そこを、逞しい切っ先で擦ってやると、
「…ああっ、三虎、も……う…っ…」
 冬紀は今、三虎の腰に跨がり、胸板に手をついて、三虎の勃起したものを受け入れていた。
 濡れ縁に寝そべっている三虎からは、冬紀の感じきっている身体が、あますところなくよく見える。
 冬紀の形のいい欲望はすっかり天を向き、先端からは透明の蜜がこんこんと湧いていた。そして、大きく股を広げているから、三虎を銜えている場所からちらちら覗く赤みなんかまで、三虎の目に曝しているのだった。
(たまんねぇな…)
 三虎は上半身を起こし、冬紀の欲望の根元を押さえる。
「な…っ、三虎……!」
 瞳を潤ませて三虎をむさぼっていた冬紀は、ハッと夢から覚めたような顔になる。
「まだイくなよ…。もっと、浸りたいだろう?」
「馬鹿、俺はもう…!」
「遠慮するな」
 尖りきった乳首は、柘榴の実のようにこりこりしていた。
 色も真っ赤だ。
(そういえば、ガキの頃は、庭に柘榴の実を摘んで食べたっけ。いつからやらなくなったんだろうなぁ)
「美味そうだな」
 三虎が冬紀の乳首に唇を寄せ、きつく吸う。
「ああっ」
 冬紀が、ひときわ甲高い声をあげた。
 後孔を穿たれているときの冬紀は、いつも以上に感じやすい。
 乳首も一緒に嬲ってやると、三虎を締めつける肉壁の動きはさらに艶めかしく、淫らなものになっていくのだった。
「だ…め……だ…、そんな…あ……」
「こんなにしていて、何が駄目だよ。ん?」
 乳首を何度か吸ってやるが、絶対根元の縛めは解かない。
 冬紀のそこは、完全に勃起してしまっていて、苦しそうに震えていた。でも、苦しいだけではなく、こうやって焦らすことが快感になるのだということも、三虎は知っている。
「……ん…く…ぅ…」
 冬紀は耐えきれないとでも言うかのように、三虎の後頭部を無茶苦茶に掴みだした。
「ったく、痛いな、このじゃじゃ馬」
「も…やめ……」
「俺を引き離そうとしているのか、もっと乳首に押し付けたいのか、よくわかんねぇぞ」
 意地悪く言ってやると、冬紀はしきりに頭を横に振る。
 快感のあまり、自分でも何をしているのかが、わからないに違いない。
「…たまには、庭眺めながらっていうのもいいな」
 組員の目が、いつでもどこでもある屋敷だ。もしかしたら、このあられもない冬紀の声は、聞こえているかもしれないが――。
(覗き見するような、度胸のある出歯亀はいないだろうな)
 何せ、三虎よりも、ひょっとしたら冬紀のほうが恐れられている。
「……っ、いいかげ…ん……あ…っ」
 冬紀は大きく背中をしならせると、腰を捩って、きつく三虎の欲望を締めつけた。
「…すげぇ…無茶苦茶イイぜ」
 冬紀はもう、憎まれ口を叩く元気もないみたいだ。
 三虎を締めつけると同時に、自分の前立腺まで刺激してしまったのだろう。
 三虎にしがみつくと、いつになくしおらしい啜り泣きをはじめた。
「も…や…イきたい……」
「おまえは、本当に、こうしているときが一番素直だよ」
 よしよし、と冬紀の背中をあやすように、三虎は撫でた。
「普段が悪いってわけじゃないけど、俺もつい、なぁ…」
 ちゅっちゅっと、軽いキスを肩や首筋にしてやると、冬紀は甘えるみたいに喉を鳴らす。
 冬紀の身体が知っている男は三虎だけのせいか、冬紀は意地っ張りなくせに、意外なほど素直に三虎に反応するのだ。
(俺のもんだ…)
 三虎の独占欲が、満たされていく。
 ずっと想っていて、我慢できずに無理矢理に手に入れた。
 途中で、口もろくにきいてもらえなかったこともある。
 けれども、一度手をつけてしまえば、二度と手放すことなんてできなかった。
 冬紀の気の強さは、三虎が一番知っている。三虎が劇情をぶつけたところで、流されるような性格ではない。
 そんな冬紀が、自分自身で三虎を選び(相当プライドを傷つけられただろうが)、こうして抱かれてくれている。
 普段はどれだけツンケンしていたって、こうして身を任せてくれているのは、冬紀が三虎を想ってくれている証のように思える。
 だからこそ、三虎はつい、冬紀を激しく求めてしまうのだ。
(冬紀が知ったら、呆れるだろうなぁ)
 いくら三虎でも、弱気になることもある。
 たとえば喧嘩をしたあと、無性に冬紀を求めたくなるのは、
(まだ、俺が好きだよな?)
(おまえは、俺のもんだよな?)
 口に出しては訊けない、面と向かっては投げかけられない疑問が、胸をいっぱいにするからだ。
 冬紀も、正気のときには、絶対にまともに答えてくれない。
 けれども、快楽の熱に溺れているときなら。
「…おまえは、俺のものだよな。冬紀」
 耳元で囁くと、眼のふちを真っ赤に染めたまま、冬紀は小さく頷く。
「俺のこと、好きだろ?」
「ん…」
 ぎゅっと抱きしめられると、自分の欲望が、ずきずきするくらい反応していることに三虎は気づいた。
「冬紀…っ」
 これ以上焦らしたら、三虎もどうにかなりそうだ。
 三虎は冬紀を濡れ縁に押し倒すと、腰を深くまで押しつけた。
「……ああっ」
 今までとは違う場所を刺激されたせいか、冬紀は感極まったような声を上げる。
「あ…、三虎…っつ、三虎……!」
「冬紀…!」
 名前を呼び合いながら、お互いを高めていく。
 やがて冬紀の最奥めがけて、三虎が精を放つと、冬紀も全身を震わせて射精した。
 
 
「…俺は、こんなことをやりに来たわけじゃないんだぞ」
 仏頂面になった冬紀だが、腰が痛くてろくに動けないようだ。
 濡れ縁でシャツを引っかけたまま三虎の膝枕で寝転がっている。
「久しぶりだったからな。お互い、忙しかっただろう?」
 冬紀の細い腰のあたりをさすりながら、三虎は言う。
 思えば、この腰に三虎のものを銜えさせているわけだから、きつくて当たり前なのだ。
(壊さないようにしないとな)
 腰から尻にかけて労わるように撫でてやったつもりなのに、
「いい加減にしろ、この底なし」
 冬紀に手を叩かれてしまった。
 どうやら、また求めているのだと思われたようだ。
「久しぶりだからって、ここまでされたら、いくら俺でももたない」
 冬紀はけだるげに、瞳を潤ませたままだ。そのせいか、いつもほどの毒舌は飛び出してこない。
 かったるそうに、ぐちぐちと喋る冬紀というのも珍しい。
 三虎は冬紀の髪を撫で、その額にキスをした。
「だから、一緒に住もうぜ」
「嫌だ、ここは、プライバシーがない」
「離れ建ててやるって」
 築山の取り壊しの件がバレてしまったのだ。いずれ、要平か誰かの口から冬紀の耳に入るのも時間の問題だろうと判断した三虎は、想い出の場所を壊す理由を白状した。
「あそこにな」
 築山を指せば、冬紀は複雑な表情になる。
「…本気か?」
「工事終わるまで、黙ってるつもりだったんだけどなー。それで、おまえが四の五の言っても、無理矢理引っ越しさせるつもりだったんだぜ? 要平の奴、俺の華麗な計画を邪魔しやがって…」
「馬鹿か」
 冬紀は、呆れたような表情になる。
「勝手にそんなことしてみろ。向こう三年、口をきいてやらないからな」
「おまえが、いつまで経っても、一緒に暮らしてくれないからだろ!」
「毎日こんなことをされたら、仕事にならなくなる」
「毎日したら、少しはやる気も薄まるかもしれないだろ」
「ほぅ? 聞き捨てならないな」
 冬紀は右手を振り上げたかと思うと、ばふっと三虎の頬を叩いた。
「毎日ヤったら、この俺への執着が薄まるというわけか? おまえの気持はよくわかった。もう絶対、一緒になんて暮らしてやるもんか。亡くなったおじさんにも悪いし、築山壊すなよ。無駄だから」
「誰も、そんなこと言ってないだろ!」
 三虎は、慌てて冬紀の顔を覗き込む。
「そりゃもー、毎日おまえの足腰立たなくなるぐらい、ヤるに決まってる」
「よし、イイ返事だ」
 冬紀は、にやっと笑って、
「そうとわかったら、ぜーったいに一緒に住まないからな」
 墓穴をどんどん掘っていることに気づいたが、冬紀に口で勝つのは至難の技だ。
「ったく…」
 負けを認めたかのように三虎が溜め息をつくと、冬紀はまんざらでもなさそうな表情で笑っている。
(ま、いいか)
 惚れた弱みだ――。

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