「俺、いつかきっとハイエルにショック死させられて、殉職扱いになると思う」
 肩を竦めてみせながら、藍はあの少年達が持っていた銃を拾い上げた。
「やっぱりMP7だよ。ただのお子様二人が、こんな大物どこから持ってきたんだか」
「子供相手にでもこの手の武器を手当たり次第売る、なんてルートがあれば可能だろうけど」
 そう口にしてアニタは眉間に皺を寄せる。
「たとえそんなルートがあったって、あの二人が買えるようなもんじゃないだろ」
 藍は溜め息を吐いた。
「近頃は世の中なんてしっちゃかめっちゃかだからなあ」
「その話は帰ってからにしよ」
 そう言って立ち上がり、アニタが銀行の外へと出ていく。
 銃を鑑識に渡した藍は、ハイエルに近付き手を突き出した。機嫌の悪さを隠すことなく、ぶっきらぼうに主張する。
「運転は俺が」
 無言でキーを投げてきたハイエルとともに、藍は車を停めた場所へと向かった。
「不機嫌そうだな」
 車に乗り込むと、ハイエルが窓を開け煙草に火を点ける。見たところ向こうはご機嫌なようだ。
「当たり前だろ! もしも俺が防弾ベストを投げ捨ててMP7を持ってる犯人の前に飛び出したりしたら? あんたはきっと何よりも先に俺のことをぶち殺すんだろ?」
 きっと睨みつけた先、相変わらずご機嫌なままのハイエルに向かって藍は一気に不平をまくし立てた。
「それなのにどうして俺には許されないわけさ? あんたがこの手の馬鹿をやらかして死ぬ前に、さっさとあんたを殺してしまって心配の種を取り除くってことが!」
「それは俺がお前のボスだからだ」
 珍しく微笑を浮かべてハイエルが答える。
「あの二人はただのガキだ。人に向けて撃つ度胸なんかない。突発事故でもない限りは、問題もないはずだ」
「じゃあもし突発事故があったらどうするんだよ?」
 再度、藍は容赦なく彼を睨めつけた。
「それは俺が心配することで、お前が心配する問題じゃない」
 窓の外を飛び去っていく景色にハイエルが目を向ける。
「何遍も言ってるだろう。必要な時には、お前等は自分のことだけを心配しろと」
 反駁しようと藍はすぐさま口を開けたが、結局はまたそのまま噤んだ。
 自殺癖があるのはハイエルだと、藍は時々思う。
 いつも、命など要らないかのように様々な危険に飛び込んでいく。彼の心理評価書がそもそもどうしてパスしているのかは神のみぞ知る、だ。
 そっと溜め息を吐き、短い沈黙ののちに藍は訴えるようにぼやいた。
「あんたがボスだっていっても、少なくとも俺の相棒だろ。他の人に心配をさせないのはまだしも、俺にまであんたの心配をさせない気かよ?」
「お前には自分の背中の方を気をつけさせたいね。そっちが自分で自分を守ってくれるなら、俺はお前のことで気を散らさずに済む」
 そう返したハイエルが、緩やかに煙を吐き出す。
「自分の身を危険に晒すような真似なんか、何一つした覚えは俺にはないね。さっきあのガキの銃口の前に立ちはだかったのは俺じゃないはずだ」
「昨日のことを指摘させたいのか?」
 腹を立てた藍が愚痴るのに、ハイエルが笑った。
「それともお前は俺に押し倒されるのが大好きなのか?」
 再び藍は彼を睨んだ。昨日のことなど少しも思い出したくない。
「なあ、ラン、あのカウンセラーにお前が予約を入れようとしないのがなぜなのか、その理由を自分でわかってるか?」
 首をこちらに傾けたハイエルが、奇妙なほど長い時間藍を見つめてくる。彼を睨めつけたまま、藍は小さく頭を振った。
「それはお前が人の危険に気付くだけで、自分の危険には気付けないからだ」
 ハイエルはまた一口煙草を吸う。ゆっくりと吐き出された煙が車内を満たした。
「この手の状況下でお前がするどんな判断も、全部自殺行為なんだよ」
 ─ハイエルのその言葉は、この会話の後もずっと藍の脳裏にこだましていた。

 もっとも、自分の行動のどこが自殺行為と呼ばれているのか藍が心底理解したのは、随分後になってのことだ。
 片手でビルの五階からぶら下がっている自分に向かって手を伸ばすハイエルの姿を目にしたその瞬間、ようやく藍はそれを悟ったのだった……。