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「四・六口径。MP7みたいだな」
 ダニーは地面に蹲り薬莢に目を凝らすと、銀行の大理石の壁面に連続して穿たれている弾痕を追い掛けて天井まで目を走らせた。
「四十連射のダブルマガジンだな」
「見たところ、素人みたいだね」
 一列になったその弾痕を藍は指差し、そう考える根拠を述べる。
「MP7は反動が軽いのにこれだもんな。犯人は使ったことがなかったか、それとも吃驚したせいですぐには止められなかったか……」
「ええ、そうです、犯人は二名。どっちもスキー用の目出し帽を被ってサブマシンガンを持っていたそうよ。身長差は大してなくて、約五フィート八。犯人の一人はサイモンて呼ばれてる。この二人の強盗、かなり若そうな気がするんだけど」
 アニタが彼女の携帯情報端末を手に、ハイエルに報告している。
「現在のところ、負傷者はなし。奪われた正確な金額は現在推算中で、約二十万」
「こんなに簡単に成功したんだ。奴等、味を占めて必ず二件目をやるぞ。情報を知らせて付近の銀行に注意を促せ」
 ハイエルは応援に来た市警を見渡した。いつもに比べて三分の一ほど少ない。アンバーアラートに加え、被害者が議員の親族だということで、大部分の警官が誘拐事件の支援中なのだ。
「手遅れでした」
 走ってきたダニーが、口早に報告する。
「ついさっき、二件目をやらかしましたよ。ウェルズ・ファーゴ銀行です」
「なら三件目もあるはずだ。付近の銀行に注意させろ。警備の応援も出せ」
 目を吊り上げたハイエルが銀行を飛び出していく。藍は慌ててハイエルを追い掛け、助手席に乗り込んだ。
 サイレンがずっと耳元にこだましている。まるで朝から鳴りっ放しのような気分だった。
「MP7は素人が適当に銀行を襲おうと思ってすぐに手に入れられるような代物じゃないよ」
 運転するハイエルを藍は見つめた。
「バンク・オブ・アメリカとウェルズ・ファーゴは通り一本隔ててるだけだ。次に近い銀行はどこだ?」
 ハイエルが藍を睨む。
「チェイス銀行だ。右に曲がって三つ目の信号の左」
 やや呆気に取られつつも、藍は即答した。
 ハイエルが凄まじい勢いで右にハンドルを切る前に、無線を掴み、ついでにドアの取っ手を固く握る。
「アン、ウェルズじゃなく、先にチェイスへ」
『了解』
 クラクションの音とともに、チェイス銀行の建物すれすれに藍達の車は滑り込んだ。
 耳に飛び込む一連なりの銃声と素早く銀行から逃げ出してくる人々の群れが、ハイエルの予想の正しさを証明している。
 道端に車を突っ込ませ、ハイエルが飛び降りる。無線を引っ掴み藍は怒鳴った。
「連続強盗犯はチェイス銀行にいる。至急応援を。……ハイエル!」
 走って遠ざかるハイエルの後ろ姿に気付き、藍は無線を投げ捨てて、後部トランクに飛びついた。中の防弾ベストに手早くセラミックプレートを装入し、重いそれを手にハイエルを追う。
 なんとか追いついてベストを渡した後、車に戻って自分の分を用意した。だが、シャツの上に着込みながらハイエルのところに向かおうとする藍の前に、逃げ出してくる人々が立ち塞がる。しかも、藍が彼等を避難誘導しているうちに、ハイエルはもう中へと飛び込んでいた。
「くそったれ!」
 藍は罵声を発した。時々、ハイエルはアニタやダニーよりも更に厄介な奴だと心底思うことがある。
 銃を構え、ハイエルと同じく正面玄関は避けて、側面に設けられた入り口から素早く銀行内への侵入を果たす。身体を低くして、辺りを観察しながら、カウンターの中へと藍は忍び込んだ。
 ハイエルもカウンターの中の、やや手前に蹲っている。震え上がるほど驚いている女性行員の姿が見えたので、藍はジェスチャーで〝落ち着いて〟と彼女に伝えた。
 二人の強盗のうち一人はカウンターの上に立ち、一人は金を詰め込むよう支店長に強要しているところだった。
「急げよ、急げったら‼」
 カウンターの上の一人は相当緊張した様子で、行ったり来たりしながら大声で喚いている。
「だから、襲うのは二軒でいいって言ったじゃん! 見ろよ! 警察が来ちゃったじゃんか」
「さっさとしやがれってんだ! でねえとぶっ殺すぞ!」
 下にいる強盗が銃を支店長の頭に押しつける。支店長は袋に金を押し込む手をますます早めた。
 更に身体を低くした藍は、携帯電話を取り出してアニタにショートメッセージを送る。この二人はほぼ一〇〇パーセント未成年だ。なんの計画もなしに強盗しに突っ込んできている。万一何かあれば、この二人が生きてここを出るのは恐ろしく難しくなるだろう。
 外から聞こえるサイレンの音もますます近付いてきている。藍が僅かに頭を突き出して様子を窺うと、警察は既にこの銀行の外をびっしりと包囲していた。
 ハイエルが藍を振り向く。目配せをしてきた彼が防弾ベストを脱いだのを見て、何をするつもりなのか気付いた藍は目を剥いた。しかし、止める手段はない。
 くそったれ‼
 防弾ベストの上のFBIの文字がその身分を明らかにしてしまうのだ。
 ハイエルは防弾ベストをカウンターの下に突っ込み、そろりそろりとカウンターのもう片方の端に向かって移動し始めた。
 同時に外で拡声器を通した声が響き渡る。
『こちらはLA市警だ。お前達は既に包囲されている。武器を下ろして投降すれば、発砲はしない!』
「ちっくしょう!」
 カウンターの上の犯人はこれ以上ないほど狼狽え、銃を上げてすぐにもぶっ放しそうだった。
「撃つな!」
 突然ハイエルが口を開いた。両手を高々と上げてゆっくりと立ち上がり、穏やかな口調で言う。
「撃ったらすぐに彼等が突入してくる。まだ死にたくないだろ?」
「う、動くんじゃねえよ!」
 カウンターの上の犯人が、動揺した様子でもう一人を見た。
 もう一人は金をしこたま詰め込んだ袋を支店長の手からひったくり、背負う。
「耳を貸すんじゃねえ。とっととずらかるぞ」
「外は至る所に警察がいる。君達は抜け出せないだろうな」
 慌てふためく強盗達の前に、ハイエルはゆっくりと歩み出た。
 背中に重そうな金の袋を背負った一人は、今になってようやく外がどこもかしこも警官に埋め尽くされていると気付いたようだった。焦ってハイエルに銃を向ける。
「それ以上近付くんじゃねえよ! てめえ、サツか?」
 ハイエルは高く上げた手を裏返してみせた。
「緊張するな。武器は何も持っちゃいない」
 恐ろしく緊張していたのは藍の方だ。もしあのガキのどちらかが血迷って発砲したりしてみろ。どうなるかなんて考えたくもない。
 カウンターの内側に沿って進み、注意深くもう一方の端、ハイエルと二人の犯人が両方見える場所に移る。
「聞けよ。今武器を下ろせばまだ間に合うんだ。まだ誰も怪我をしちゃあいない。投降すれば検察だって刑を軽くしてくれるはずだぞ」
 ハイエルの一貫して落ち着いた声にはかなりの説得力があった。
「君達は未成年だろ? もう三軒も銀行を襲ってるんだ。これでもし誰か傷つけてみろ。成人として審問を受けることになるぞ。ムショでの暮らしが大変だってのはわかってるだろう? ましてや君達の年頃じゃな。武器を置く方が賢いってわかるよな?」
「るせえよ!」
 金を背負った方がハイエルに向けた銃を構え直す。
「待った待った待った待った、サイモン、俺、こいつの言ってることは正しいと思うぜ」
 慌ててもう一人が口を開いた。
「黙ってろ! この馬鹿‼」
 サイモンと呼ばれた方が、かっとなって喚き、もう一人を思いきり突き飛ばす。
「おい! 俺を馬鹿って言うなよな!」
 もう一人もサイモンを突き飛ばし返したのを見て、ハイエルが藍に目配せした。と同時にハイエルはサイモンの背中に飛びつき、片方の手で力一杯その首を拘束しながら、もう一方の手で銃を押さえつける。
 もう一人が慌ててハイエルに銃を向けた時には、藍が飛び出し、そいつに照準を合わせていた。
「動くな、銃を置け!」
 サイモンの背は決して高くはない。ハイエルの腕に拘束されると、じきに呼吸ができなくなったようにもがき始めた。
「小僧、銃を置け。人を撃つ度胸なんかないだろう。ましてや相手がお友達じゃな」
 ハイエルがサイモンを押さえつけ、自分の盾にする。
 もう一人の犯人はこれ以上ないほど慌て、荒い息を吐きながら、ハイエルに照準を合わせるべきなのか、自分を狙っている藍を狙うべきなのか、迷うように銃口を彷徨わせていた。
 平静な口調で藍が告げる。
「銃を置け、誰かが怪我をする前にだ。言いたいことがあるならなんでも言えよ、聞いてやる」
 犯人は、すぐにも窒息してしまいそうにもがいているサイモンを見て、震えながら銃を床に置いた。
「もう……もういいだろ……あんた、まじにサイモンを絞め殺す気じゃないよな……」
 足を伸ばし、藍は床に置かれた銃を蹴る。続けて手錠を取り出し、そいつの手に掛けた。
 状況を確認したハイエルがサイモンを押さえつけていた手を緩めると、サイモンは地面に倒れ込んで、両手で喉を庇うようにしながらぜいぜいと息をする。
 ハイエルを睨めつけた藍は、彼が投げてきた手錠を受け止めて、サイモンに掛けた。
 大量の警察官が後処理のために入ってきた直後、アニタが藍に駆け寄ってくる。
「あんたが言ってたとおりよ。角を曲がった路地に奴等の車が停めてあって、前の二件の金が見つかった」
「うん、よかった。幸い誰も怪我もしなかったしね」
 眉を顰めて藍は言った。
「あたし昨日も言ったけどさ、調子悪そうだよ。大丈夫?」
 藍の腕をアニタが軽く叩く。