5人の王(恵庭/ill.絵歩)公式サイト@ダリアカフェ

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 そんな彼を水道長官に推薦したのはシアンなのだから、ウィロウの失態はシアンの評判にかかわる。
 そう思って、当初こそ集められるだけの資料を手配し助言もしたが、ウィロウの建築技術や都市計画に関する知識はシアンでさえ舌を巻くほどで、気遣うことなどすぐに申請手続きのような事務処理にかかわる業務だけになった。
 水道省の役人たちとの(あつ)(れき)も、いざとなればとりなすつもりでいたが、(こう)(てつ)の嘆願は今のところ上がっていない。水道長官の任命式なみに、重職者たちが怒り狂ったという話もまだ聞いていなかった──あれはひどかった。ウィロウが式典の言葉を途中で放り出した時には、シアンでさえ推挙したことを後悔したほどだ。
 しかし就任後は、予想に反して大きな問題を起こすこともなく、そうなれば驚くほど仕事の話は進む。会合を開くと、気づけばシアンとウィロウだけの会話になってしまうこともあった。
 問いかければ的確に答えを出すし、却下しても代替案をあげて食い下がる。数通りの返答がすぐさま返ってくるのは、小気味よかった。
 新参の水道長官に株をうばわれた役人は、そういう時の常で陰口を(たた)いた。
 ウィロウは意外にもやっかみに慣れているのか、陰口に気を()()らせる様子もなく、平気でそんな相手にも話しかける。彼らに図々しく作業の協力をかけあい、断られると同情気味に「あんた、ずっとこの仕事してるくせにこんなこともできねーのかよ」と嘆息した。
 困らせようとしていた相手は高い気位を刺激されて手を貸す羽目になり、次第にシアンがそういった間抜けなやりとりに気づくことも減った。
 上手くいっているといえる。安心していいはずだが、上手くいっていることに対する驚きが(まさ)って、なんとなく落ち着かなかった。


 青の王の部屋の人払いを済ませると、シアンは苛立つ気持ちを持て余し近衛の訓練所に向かった。
 宰相になってからも時おり鍛錬は行っている。利き手である左腕に怪我をしたため、右手で剣を扱えるように訓練したが、スクワルには「あんたがなんでもやったら、俺たちの出番がないっすよ」と苦笑された。
 近衛兵は王宮内で暮らしている。王宮といっても宮殿の中ではなく、住居用の建物が別に用意されており、敷地内には訓練所、武器庫、(きゅう)(しゃ)を併せ持つ。近衛は大きくふたつの班に分けられ、それぞれの班をふたりの副隊長が指揮をとる。宮殿の警邏は一日半交代だが、王や重職者が出掛ける際にはその警護、他に軍の訓練指導などが仕事となるため、自由な時間は少ない。
 彼らの息抜きといえば、たまの非番に娯楽所で酒を楽しむことくらいだ。
 スクワルはちょうど非番のはずだ。訓練の相手をさせようと娯楽所に足を向けた。
 娯楽所からはにぎやかな笑い声が聞こえた。十人以上はいる。まだ陽が高いのに、すでに酒を飲んでいるのだろうか。いくら非番でも、羽目を外すのは好ましくない。一言いっておくかと考えたが、近衛を辞した身で隊長のスクワルを差し置いてくちを出すのは良くないだろう。
「あれ、シアン隊長?」
 娯楽所の窓から上半身を乗り出しているのは、たった今、頭に浮かべたスクワルだった。頑丈な(たい)()からは想像もつかない身軽さで、窓枠を飛び越えた。
「こんな所へ来るなんてめずらしいっすね」
「おまえを探しに来た。近頃、身体がなまっているから付き合え」
「なまってんすか? 先日もブラウをぶちのめしたって聞きましたけど」
 スクワルを睨みつけ、「おまえたちが勝手にメイダーネ・シャーの警邏を代わったせいだろう」と言った。
 ブロイスィッシュブラウにシャトランジ大会の警邏を指示したはずが、シアンの知らないところでスクワルと役割を入れ替えていた。
 さらにメイダーネ・シャーで青の王を見つけた時、そばにはスクワルがいた。ふたりで示し合わせて宮殿を抜け出したのかと疑っていたが、スクワルは「ブラウがあんたに広場なんかの警邏を命じられて落ち込んでたから代わってやったんっすよ。シャーの見張りならそう言ってやりゃ良かったのに」と言った。
「私は任務を命じたんだ。ブロイスィッシュブラウの機嫌を伺う必要はない」
「あー、そうっすね」
「なにか言いたいことがあるのか」
「人には感情があるんですよ?」
「知っている。面倒だ」
 シアンはそう答えると、「訓練所が空いていたら鍛錬でもしようと思って来たが、出直したほうがいいか?」と尋ねた。
「俺らは問題ないですけど、その格好じゃ汚れちまいますよ」
 スクワルはシアンを指差す。会合の後、そのままやってきたので正装だった。
「着替えなら、前に預けた服があるだろう」
「あれって、やっぱり忘れたわけじゃなかったんっすね。洗っておけってことですよね。まあそうじゃないかと思って用意はしてありますのでご安心を、シアン隊長」
「誰が隊長だ」
 言い間違いを指摘すると、スクワルはきょとんとしてから新兵のようにキビキビした動きで、「失礼しました、青の宰相殿!」と敬礼した。
「飲んでいるのか?」
「少々」
「おまえは顔に出ないから、少なくはないのだろう。娯楽所が宮殿から離れているとはいえ、真っ昼間から馬鹿騒ぎなどして近衛の外聞にかかわるとは思わないのか。有事の際に揃って酔いつぶれていたらどうするつもりだ」
 スクワルはにこりとして、「それなら、大丈夫っすよ。今日はブラウの隊が任務についていますから。なにか起きてもあいつがなんとかしてくれるでしょ」と手を振った。
「ブロイスィッシュブラウは副隊長でおまえが隊長だ。貴様、いい加減に隊長としての自覚を持って……」
「まーまーまー、今日はお祝いっすから」
「ま、まーまー!?」
 あまりにも軽い返事に目まいがする。スクワルは近衛隊長だが、シアンは宰相という側近の頂点をつとめる役職で、近衛を外れたからといって上下関係が変わったわけではない。
 子どもの頃からの付き合いとはいえここまで軽くあしらわれたことはなかった。スクワルの胸倉をつかんで顔を引き寄せると予想通り酒臭い。
「酔っているのか、スクワル」
「まっさかあ」
「酔っているんだな。おい、誰かまともに話ができるやつはいないのか!」
 大男を片手で押しのけて部屋の中に声をかけた。背中に重みを感じる。スクワルが倒れ込むように抱きついてきた。反射的にひじでみぞおちに一発入れて、同じところにひざ()りを(たた)きこんだ。スクワルはうめきながら地面に転がった。
 部屋の外に出てきた兵が、感心したように手を叩いた。
「シアン様は相変わらず、手加減というものがないですねえ」
 片手には細長い酒の器を手にしている。近衛にはめずらしく細身の(やさ)(おとこ)で、おっとりとした口調だ。
「手加減はした。服のせいで動きづらいから、普段よりは威力が落ちているはずだ」
「こうおっしゃってますがどうです? スクワル隊長」
 倒れて(もん)(ぜつ)しているスクワルは、震える両腕を交差させてバツの字を作って見せた。
「嘘をつくな、スクワル。とっさに身体をひねって急所を避けただろう」
 なんだ今日は? スクワルがこれほど酔うのは見たことがない。
「いったいなんの騒ぎだ」
「ウィロウが結婚するんでその前祝いですよ。宰相に報告書を持ってきたとかで青の宮殿に来たところをスクワル隊長が()()してきまして、奥の部屋で潰してるところです。なかなか潰れないんで困ってるんですよねえ」
「……ウィロウが?」
 青の近衛兵が当たり前のように話すくらいだから、結婚の話は周知の事実ということになる。知らされていなかったのは自分だけなのか。驚いていると、兵はシアンの表情を勘違いして、「水道長官のウィロウですよ?」と言った。
「もしかして宰相、ウィロウのこと覚えていらっしゃらないんですか? 王宮じゅうの蔵書は一字一句もらさず頭に入っているのに、興味のない人間は一秒で忘れられるってうわさは本当だったんですね!」
 余計なことを言う兵は、壁に頭から激突して床にのびた。
 娯楽所に入ると丸い木製の机がふたつと、それを囲むように椅子が置かれている。ゆったりと腰かけていたのは年輩の兵だ。
「ルクソール」と声をかける。
「宰相、どうなさいました」
「水道長官が来ているのか」
 ブロイスィッシュブラウと同じく近衛副隊長をつとめる男は、苦笑して奥の部屋を指差した。
「ええ、ですが宰相は中には入られないほうがよろしいですよ。あっちは無法地帯です」と、あきれたように忠告した。彼は酒ではなく香りのいい茶を飲んでいる。他国から茶葉を取り寄せるほどこだわっていると、言っていた。ひげ面には似つかわしくない優雅な趣味だ。
「一緒に飲まれますか」
「結構だ。すぐに出ていく」
 奥の部屋に足を踏み入れる。横に長い部屋の中央には、等間隔で机が並べられていたはずだが、いまはそれが邪魔だといわんばかりに隅に積まれていた。
 椅子だけがあちこちに無造作に置かれ、座りきれない者たちは床の上にあぐらをかいていた。酔いつぶれていびきをかいている者もいる。
 床には酒瓶と陶器のうつわや、()った豆や木の実をのせた小鉢が置かれ、大皿にはしゃぶった後の鶏の骨が盛られていた。おびただしい数の空瓶が転がる室内の、むっとする酒のにおいは窓から入り込む風でもかき消せていない。
 娯楽所をつぶすべきか、どの規則を改定したらいいかを考えた。
「くっそおおお」
 野太い叫び声が上がった。
「四人も女をはべらせるなんてうらやましい話だぜ! ひとりくらいこっちにまわせよ、ウィロウ。俺たちの付き合いじゃねーか」
「はあ? あんた誰だよ。()れ馴れしくさわんじゃねーよ、おっさん」
 強引に兵に肩を組まれたウィロウは、うるさそうに腕を振り払った。毒舌はいつもどおりだが、酔っているためか語尾がとろりとしている。向かいに座っていた男が立ちあがり、ウィロウの胸もとを両手でつかみ上げた。
「なんでウィロウなんかと婚約したがる女がいるんだ? クイーンアンは西方出身とはいえ、王都一の美人ってうわさだし、ローデンは大商人の娘だろ。ベラミントなんか、まだ十四だぞ!? 十四なのに巨乳なんだぞ! てめえ、男の夢を体現するつもりか!?」
 ウィロウは顔をしかめた。
「知るかよ。おれが選んだわけじゃなくて向こうから申し込んできたんだから。もう一人だって……えーと、名前なんだっけ」
「アルカディアちゃんだろ!?」と兵の声が重複した。
「おまえ、この前のシャトランジの大会、見に行ったって言ってたじゃねえか! アルカディアちゃんはなあ、アリーヤ候補って言われるくらいの才女なんだぞ。おまけに賢者の孫娘なんて、俺たちには手が出ないくらいのお嬢様じゃないか!」
「そうそう、アルカディアだ。やっぱり四人もいたら名前覚えるのめんどくせーな」
 ウィロウは火に油を注ぐようなことをつけたして、くちを尖らせた。当然のように、兵たちはその暴言にまた騒ぎ始めた。
 シアンは呆れた。婚約者候補の名前すらろくに覚えていないなんて最低男の見本か。
「あ、宰相!」
 ひとりがシアンに気づいて、(あわ)てて立ち上がった。酔いどれの中にも理性の残る者がいたようで、つられたように立ち上がって次々とシアンに頭を下げた。シアンは片手をあげる。かしこまるのをやめていいという合図だ。
「水を差して悪かった。だが、ほどほどで切り上げろ」
「ハッ、承知しました!」
 驚くほど揃った返事を聞いて、シアンは忠告をあきらめてくるりと背を向けた。今日は何を言っても無駄そうだ。
 がたん、と椅子の倒れる音がした。音に振り向くと、ウィロウがよろけながらシアンの服をつかんだ。オレンジ色の目がまるで睨むように見上げている。
「手を離せ」
「あ……え? えっと、シツレイシマシタ」
 ウィロウはハッとしたように表情を変えると、素直に手を離して後ずさった。なんだそのふざけた謝罪は。というか、謝罪……ウィロウが謝罪。兵たちのあいだでどっと笑いが起きる。
「ウィロウ、おまえ大人になったな! 『謝る』なんておまえの辞書にはないと思ってたぞ。緑の王どころか、パーディシャーにすら敬語使えねーんだろ?」
「うるっせえな! 公の場じゃ気をつけてるよ」

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