短編


   黄色い宝物


「ねえかずと、前から思ってたんだけどこの黄色いパーカーってかずとが自分のために買ったの?」

「そうだよ」

 今日のぶんの引っ越し作業を終えて帰宅し、夕飯もすませた。
 そうしてふたりでリビングでくつろぎながらなにげなく訊ねてみたら、思いがけないこたえが返ってきた。

 腹のあたりでふくらんでいる大きなパーカーを軽くひっぱって、「ふうん……」とうなずく。

「俺が選ぶにしては違和感のある色だ、って言いたいんだね」

 右隣に座っているかずとが喉で笑う。

「うん。ほかの服は寒色系が多いし、これだけ明るいのが不思議だった。もちろん駄目ってわけじゃないんだけど」

「……わかるよ。これはばあちゃんの影響なんだ」

「え、お祖母ちゃん?」

「そう。ばあちゃんはおなじ服をずっと大事に着続けるひとだから、古くなっているものも多くてね。誕生日に新しいものをプレゼントしたくて一緒に店にいったことがあるんだよ。そうしたら俺が選ぶのはどれも『色が暗い』って渋って、最終的にばあちゃんはピンクのカーディガンと黄色いセーターを選んだんだ」

「あ、たまに着てるの見る。あれかずとのプレゼントだったんだ」

「ン。あのとき『一人もそんな暗いのばかりじゃなくて、心が明るくなるような色の服を着なさいな』って言われて、後日自分で買ったのがそれ」

「ほわああ~……!」

 感激して、あったかいパーカーの生地をさらにひき寄せて頬にこすりつけた。

 裏起毛のぶ厚くて立派な生地でできた黄色いパーカーは、たしかにお祖母ちゃんの存在感みたいに優しくて愛情に似たぬくもりをくれる。

「そっかあ~……すごく納得した。お祖母ちゃんの気持ちまでこもったパーカーなんだ。訊いてよかった、ただでさえ宝物なのにもっともっと大事な宝物になったよ」

 ふふ~、と自分の身体ごとパーカーを抱きしめてふかふかのぬくもりに満たされる。
 でも喜ぶ俺を見て、かずとはちょっと唇をまげた。

「愛情には違いないけど〝センスが暗いよ〟って叱られたわけだからね。俺としては若干複雑だな」

「ははは」

「それに、買ってはみたものの、じつはあまり着ていなかったんだ」

「え、そうなの? やっぱり派手すぎた?」

 また唇だけで苦笑を浮かべたかずとが、左手を俺の腰にまわしてひき寄せ、両腕でゆっくりと抱き竦めてくれる。

「……こんな太陽やひまわりみたいな色は歩和のほうが似合う。歩和が着るためにうちにきてくれた服だったんだっていまは思ってるよ」

 あ。

 ……人生に明るい希望や夢を持ってはいけない、と自戒し続けて生きてきたかずとには、もしかしてその身体にまとうのさえ赦されない色彩だったんだろうか。

 たった一着の黄色い服すら、償いの人生に相応しくないと感じて生きていた……?
 もしそうだとしたら、このひとはどこまで真面目で誠実で、寂しいひとなんだろう。

 俺もかずとの腰に背中に腕をまわしてぎゅっと力強く抱きしめてから、そっと上半身を離した。

「かずともこのパーカー着てみて」

「え?」

 裾をまくってひきあげ、すぽっと頭から脱いでかずとにさしだす。
 ふふん、と笑顔でうながすと、俺の顔とパーカーを眺めてしばし逡巡してから、自分が着ていた紺色のトレーナーを脱いで受けとってくれた。

「……なんだかもう歩和の服としてなじんでいたから不思議な感覚だな」

 言葉どおり、借りた服を着るみたいなぎこちないしぐさで袖を通していく。

「はは、俺はかずとの服だから大事なのに」

「ン~……」と唸りながら、かずとも頭を通して身につけ、着心地を整えた。

「うわ……俺が着てるときと全然違う、びっくりするぐらいぴったりっ」

 袖の長さも、胴体へのフィット感も、しっくりはまっていてすっきり着こなしている。
 これが正しい着かただ、とひと目でわかる。

「あたりまえだけど、俺にはサイズが大きすぎるんだって、改めて、ちゃんと実感した」

「まあ。でもそれが可愛いよ」

「ううん、かずとだって可愛いよ、黄色とっても似合ってる。全然変なんかじゃない」

 お世辞じゃなかった。
 大人のかずとが黄色を着たって派手さは感じられなかった。

 むしろお祖母ちゃんが言ったように、晴れやかな眩しい太陽みたいにきらきら輝いて見える。

「素敵だよ、すっごく可愛い」

 ちょっと身体を離して、全体を眺める。
 いつものシックな色合いの洋服を着たかずとも格好いいけど、黄色いパーカーはまたべつの格好よさとチャーミングさがあってたまらない。

 右手をのばしてかずとの左肩を撫でると、生地のやわらかさとかずとの逞しい肩の感触と体温が掌に沁み入った。

 左手も、かずとの右腕にのばしてさわさわさする。

 次のページへ


▲TOPへ戻る